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研究活動

臨床研究についての論考

研究部長 川喜田健司

■臨床研究の必要性について

その後ガイドラインの内容について討議に入ったが、その内容の適否について議論する以前の問題として、鍼灸の臨床研究が何故必要かという理由が十分に会員に理解されていないのではないかという最も根本的な問題提起があった。鍼灸の臨床家にとって患者を研究の対象とするのは、人間をモルモット代わりにするようで心理的な抵抗があること、倫理的にも問題があるという意見が根強いことは周知の事実である。そしてそのような臨床家の意識が現在のわが国の鍼灸の臨床研究の立ち後れといっても良い状況を招いている根底にあるといえよう。

臨床家にとって自分が最善と信じる治療法をおこなうのは当然であり、それは臨床家にとっての責任でもある。しかしそれは臨床試験を否定するものではない。例えば西洋医学の臨床家が薬物のランダム化比較試験に参加する場合、すでに効果の確立された薬物と単なる乳糖で作られたプラセポとの比較をおこなうことは、プラセポを与えられる患者にメリットはほとんどないことがすでに明らかであり、それを実施する立場にある臨床家としては大きなジレンマであろう。しかし鍼灸の臨床研究に関して現在議論されている問題は、少し事情が異なることを指摘する必要がある。

現時点で提案されているのは、鍼が確かに効くということを明らかにしよう、さらにはある疾患に対するベストの治療法は何かを明らかにしようというものである。WHOのガイドラインにも述べられているように、鍼の臨床研究では不活性のプラセポはほとんど不可能と考えられている。そこで、ある種の鍼療法の臨床効果を調べるためには、その他の治療法(他の鍼療法も含む)と比較することになる。

鍼灸の臨床の現状は、多種多様の治療法が様々な診断法にもとづいて用いられており、それぞれの臨床家は自分の診断・治療法がベストであると信じている.それらの多様な診断・治療法は、それぞれの臨床家がさまざまな経験や研鑚を重ねた結果として体得したものであり、きわめて価値が高いことは疑いのない事実であろう。

しかし、ここで問題とされていることは、それらの方法が他の診断・治療法よりも優れていることを証明した、きちんとした納得できる臨床比較試験がおこなわれていないという現実である。

言い換えれば、自分のおこなっている診断・治療法の有効性、優越性が証明されていない以上、臨床家本人がいかにベストの診断・治療法と確信していても、それは日常の診療において患者をモルモット扱いしている!とする批判に対して、残念ながらそれを否定する論拠はないのである。少し表現は過激のようであるが、このような事実を冷静に受けとめれば、鍼灸の臨床研究の必要性は自明のことと思われる。しかし残念なことに、それに気付いている鍼灸の臨床家の数にはまだ限りがあるというのが現実であろう。

いやそれは誤解である。私の診療を受けた患者さんの症状はほとんど改善して大変感謝されている。それこそ私の鍼が効く何よりの証拠ではないか!と反論しようと思われた方がいるかもしれない。

そのような発想が誤りであることを理解してもらうために、これまでの数多くのワークショップや情報・評価班や研究委員会の各臨床班の活動がおこなわれてきたはずである。もしそうであれば、まだ目標までの道は遠いといわざるを得ない。

■ランダム化比較試験について

WHOガイドラインの内容には、鍼の臨床研究に用いることが出来る種々の研究方法が紹介される。そのなかで.無作為割り付けや盲検法(マスク法)を用いたランダム化比較試験(RCT)が黄金基準とされている点について疑問が提出された。それはRCTを実施する上でかなり困難な問題があるのではないかという指摘であった。

RCTが到達目標とすべき優れたデザインであることは否定できないものであり、世界中から認知される臨床研究のレベルを考えたときに、鍼の臨床研究もRCTを目標にする必然があることは事実である。しかし、わが国における鍼灸の臨床の現場でいきなり大規模なRCTを計画することは、現状ではかなりの困難が伴うと考えられる。

まず予備的な比較試験をおこなう中からさまざまな問題点を見いだし、それらの解決にむけた地道な検討を踏まえた上で、大規模なRCTが行えるような組織、人材、資金の調達が計画される必要があろう。

まず最初にするべきことは、患者を治療群と対照群の2群に封筒法などで無作為に割り付け、適切なサンプルサイズで比較試験を始めることが大切であろう(サンプルサイズについては1群に30名程度がひとつの目安であるとのコメントが七堂氏よりあった)。

そのときの対照群として何を用いるかは、研究をする立場によってまちまちである。

臨床試験を計画する段階で、何を明らかにしようとするか決まれば、何と比較するべきであるかは自然に決まってくる。何はともあれ、計画する段階で情報・評価班に相談してもらえたらいろいろと有益なアドバイスが出来ると思われる.遠慮なく連絡していただきたい。

■単一被験体法について

WHOガイドラインで紹介されている単一被験体法(SSD)の有用性についても議論があった。このSSDは、これまで学会誌を通じて情報・評価班の桑田繁氏によって積極的に紹介されてきたものである。小生も鍼の効果の個体差を評価するためには有効な方法であり、鍼の臨床の実状を考えると、開業鍼灸師にとって最も始めやすい研究デザインであると考えるものである。このSSDがRCTとあたかも対立するように理解されている可能性があったので、SSDの生まれてきた背景、その意図するものはRCTと村立するものではないというコメントが桑田繁氏よりあった。

このSSDの鍼の臨床研究への適用については、一般化の問題が指摘された。つまりある患者に鍼が効くことがSSDで示されても、それの結果は別の患者に当てはめて考えることは出来ないという問題である。この点には重要な問題が含まれているが、現時点では個体別の評価法として割り切っても十分価値があるデザインと考えられる。最近いくつかの興味深い臨床研究がSSDを用いておこなわれている(藤抜龍治:医道の日本、607号、1995、河原崎勉、鈴木雅夫:医道の日本、609号、1995)。いずれも情報・評価班の桑田繁氏の相談役としての協力が実った大きな成果と思われる。

今後さらにRCTばかりでなく、SSDによる研究も発展することが望まれる。

ガイドラインでは様々な実験デザインが紹介されている。その中のいずれを用いても、そのプロトコールがしっかりしていれば必ず価値の高いものになる。様々な臨床データを集積してゆく中で、各々の研究デザインの鍼の臨床研究における妥当性を具体的に検討しゆく必要があろう。

■多施設による臨床研究の具体的取り組み

引き続き、泌尿器班の北小路博司氏より、ソフトデータを用いた臨床研究の試みが報告された。その研究は、多施設で封筒法による無作為割り付けをおこなった、わが国における鍼の臨床研究の草分けともいえるもので、その意義は高く評価きれる。今回の報告では、さまざまな主訴を訴えて来院した来患者に対して排尿症状に関する問診をおこない、排尿障害のある患者を選び出し、封筒法で主訴群(主訴に対する治療をおこなう群)および主訴+排尿障害群く主訴に対する治療以外に排尿障害に対して有効と思われる治療をおこなう群)とに無作為割り付けをおこなっている。そして排尿症状の問診表にもとづいた夜間排尿回数などのソフトデータを用いて治療効果の評価をしている。

多施設による臨床研究の問題のひとつは施設ごとの治療法の違いである。今回は治療法を限定せず、患者の主訴に対する治療と排尿疾患に対する治療を加えるか、加えないかの違いによって両群を比較する計画がされていたのが特徴である。しかし今回の結果を見る限り、治療方法を限定されていなかったこと、治療期間が2週間と短かったことなどが主な原因で、満足できるような明快な結果が得られなかったように思われる。

しかし、ソフトデータによる評価、封筒法による無作為割り付けなどは、いずれも開業鍼灸師にとっても実施可能な方法であり、その具体的な方法を提示されたことには大きな意味がある。また多施設における研究を実現したことは、そこで得られた結果に不満は残るものの、今後の大規模な組織だった臨床研究にとって貴重な経験と検討課題をもたらしたものと考える。

無作為割り付けの具体的な方法に関連して、封筒法の持っている恣意性の問題点が指摘された。しかしそれはどのような研究内容に関しても指摘できる、研究者の良心の問題ともいえるものである。方法論的にあまりにも厳密な方法を最初から用いて、実行不能になっては本末転倒のそしりを受けよう。ある程度の訓練.組織化が出来て始めて、提案されたような中央登録式のコンピュータを用いた無作為割り付けか可能となるものと思われる。

■鍼灸研究におけるインフォームド・コンセントについて

次に肩こり班の佐々木和郎氏が、鍼灸の臨床研究におけるインフォームド・コンセント(IC)の在り方に関しての計画案を紹介された。わが国の臨床研究において、文書を用いて本来の意味においてICを得ることには問題があり、現状では口頭によるもので次善とされていることが多い。

それは真の薬とプラセポとの比較試験で生じる臨床家にとってのジレンマに対応した困難さともいえる。しかし、鍼灸の臨床研究の場合では、さまざまな手技・方法の比較をおこなう上で真に不活性のプラセボはあり得ず、その意味で比較的ICは得られやすいと思われる。

報告された実験計画はICの方法として大変興味深いものであり、実際に臨床の現場でその方法の適否について早急に検討されることが望まれる。またパソコン通信を用いた無作為割り付け法も計画もされていたが、実際にその方法を用いて臨床データをとり、その経験を踏まえてその有用性あるいは問題点について明らかにすること、それが現在求められていることを改めて確認しておきたい。

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